【心で語らう】飯能・観音寺 神仏セッション~花と音楽の集い

5月4日みどりの日。飯能市観音寺(服部融亮住職)の境内を抜け、会場の飯能幼稚園ホールへと向かった。開催された講話シリーズは【心で語らう】神仏セッション、第四十六回。今回のテーマは「能と宗教~能『敦盛』にみる『人知を超えた救済(祈りの力)』~」。仏教・神道・キリスト教、それぞれの立場から祈りや救済について語らうひとときを存分に満喫した。

立場の異なる選りすぐりの登壇者たちによる対話は深くも愉快。テーマは難しく思われがちだが、時に笑いが起こる場面もしばしば。会場は宗教を難しく構えず、人の心に寄り添う場となっていった。他人事ではない中東情勢。なぜ人を殺してはいけないのか、虫ならどうなのか。これらは、誰もが突き当たる永遠の課題である。

今回中心となった能『敦盛』は、平家の若武者・平敦盛と、彼を討った熊谷二郎直実(くまがいのじろうなおざね・後の蓮生法師)を描いた名作である。敵同士であった二人が、死後の世界で恨みではなく救いへ向かう姿。それは、「なぜ人は殺してはいけないのか」という根源的な問いを、観る者へ静かに投げかけてくる。配布資料にもあった「敵味方を超えた《法の友・のりのとも》の物語」というテーマは、今回のセッション全体を象徴していた。宗教の違いを超え、相手を理解しようとする姿勢そのものが、現代に必要な祈りの力なのだろう。

能は、一見すると動きが少なく難解に感じられる伝統芸能だ。しかしながら、人の感情や魂の揺らぎを極限まで深く表現してしまう。特に『敦盛』は「戦い」ではなく「弔い」が主題となっており、武士の物語でありながら非常に繊細で美しい作品である。激しい感情を声高に表現をするのではなく、静けさの中に悲しみや祈りを滲ませる。そこに能独特の魅力がある。能は、慌ただしい現代社会の中で、あえて立ち止まり、人の心を静かに見つめる時間を与えてくれる優れた芸能である。

休憩後の見せ場もやはり能。小早川康充さんによる『敦盛』の実演は期待通り圧巻であり、声のあまりの力には身震いがした。青葉のように瑞々しい小早川さんは、シテ方観世流・若手能楽師。能楽師として舞台にたつだけでなく、「能を現代にどう伝えるか」という視点でも積極的に活動中だ。今回のセッションでも、初めて能に触れる人にも分かりやすい言葉で話されており心憎かった。紋付袴の素顔で参加された小早川さん。その表情の豊かさ、言葉の熱さには、説得力が兼ね備わっていた。

今回の神仏セッションでは、静かな語り合いの中に、「人を思う心、争いを超えて理解しようとする願い」それぞれが感じられた。能『敦盛』が今なお語り継がれる理由もそこにある。

葉桜こい