留学生も歓声 今年も秩父ロータリーの森清掃

秩父を原点に西武線では三峰口から所沢まで。秩父鉄道では三峰口から羽生まで。高崎線は神保原から吹上まで。東武東上線では小川町から和光まで。このエリアで51のクラブが奉仕活動しているのが国際ロータリー第2570地区。

緑濃くなるこの時期は芝桜で知られる秩父羊山公園入口の「ロータリーの森」で各クラブ代表が集い清掃の一日を送る。

この日は4月から受け入れられた米山記念奨学生も参加。米山記念奨学会は日本ではじめてつくられた東京ロータリーのチャーターメンバーである「米山梅吉翁」を顕彰して作られた奨学生制度。海外からの留学生を援助する財団米山記念奨学会は多くの善意から成り立っている。静岡にある米山梅吉翁の墓所、住まいであった場所にある米山梅吉記念館には「いさかいもなき漫々の青田かな」という句碑がある。かつて「水利」をめぐっていさかいのあったことを憂いた梅吉翁の作品。

埼玉の米山の父として活躍されたのが秩父ロータリークラブ所属の故金子千侍氏。金子氏は1994年から1995年、地区の代表であるガバナーを務められ、当時金子氏の発案でこの「ロータリーの森」が生まれた。「この場所は秩父と横瀬の間で所有権をめぐっていさかいがあったところ。ロータリーアンが集い、憩いの森として水や酸素を生み出している。また米山奨学生が初の奉仕の場として秩父の空、空気、緑を感じてもらえるのもうれしい」と穏やかに語っていた金子氏は黄泉に旅立った。秩父音頭の家元であり、奨学生たちに自分の道場を無償で開放し、秩父音頭の特訓をする機会も与えてくれた。もちろん、その絆はお弟子さんたちによって金子氏の亡きあとも続いている。ちなみに金子千侍氏の実兄は俳人の金子兜太氏。奨学生たちに金子千侍氏が日本文化の最小の文字での表現、17字の俳句を指導されていた姿も懐かしい。

この森に植樹されている木々はクラブ所在地自治体にゆかりあるもので、初めて訪れたロータリーアンは「木々の成長は年月がかかっている。20年以上にわたる歴史と手入れするみなさんの気持ちを思うと感慨もひとしお」と語った。留学生たちも難関突破し晴れて奨学生になっての秩父入り。協働で奉仕しながらもここちよい汗や秩父連山、飯能から秩父への車窓のすばらしさに歓声をあげた。

故金子千侍氏も遠い空から優しいまなざしでこの風景を眺めているに違いない。

 

 

機会秩父返済不能の奨学金を渡している




ロータリーの森清掃で好意と友情を深める 国際ロータリー第2570地区

横瀬と秩父。その土地の所有権をめぐって諍いも起きた。「そうであるならば、その土地を有効利用しよう。」

提唱者は故金子千侍氏。(医師・秩父音頭家元・国際ロータリー第2570地区1994-1995年ガバナー・実兄は俳人の金子兜太氏)金子氏がガバナーをつとめられた年にその土地に植栽された木々は緑豊かに生育した。その「ロータリーの森」は、ロータリアンの交流の場として、近隣住民の方の憩いの場として愛され、水と酸素を生み出している。

残念ながら金子千侍先生は今年お亡くなりになった。しかし、金子先生の想いは脈々と引き継がれ、今年も国際ロータリー第2570地区(高柳育行ガバナー)埼玉西北地区51クラブ、秩父を源に、西武線池袋線は所沢まで、東武東上線は秩父、寄居を経て、和光まで。秩父ロータリークラブ主導で51クラブの会員が集まり、恒例の「ロータリーの森清掃」が5月21日行われた。

それぞれのクラブ、またクラブ所在地の自治体にゆかりのある木々がロータリアンを迎える。

また金子千侍先生が心血をそそいだ米山記念奨学プログラム。(三井信託銀行創設者で東京ロータリークラブのチャーターメンバーの米山梅吉氏を記念して基金が創設された)。それは海外からの留学生に返還不要の奨学金で学業を支援するプログラムで、当日は米山奨学生たちも草刈りに汗を流した。

ロータリーには「四つのテスト」というものがある。「真実かどうか」「みんなに公平か」「好意と友情を深めるか」「みんなのためになるかどうか」。常にこの言葉を念頭に、自分の職業、生活をチェックしているロータリアン。秩父嶺の一隅で「好意と友情」も水や酸素とともに育まれていく。