その名のとおり輝く星!吉田輝星投手 初登板初勝利

同じ故郷ということもあって、秋田県立金足農高出身の日本ハムファイターズ吉田輝星投手のプロ初登板、テレビで見守った。

1回表のいきなりの満塁でも落ち着いて投げぬいた。ストレートをうならせて。セリーグ3連覇中の広島カープのベテラン長野選手には打ち勝たれた感だが、吉田投手の高速ストレートの球威はなかなかだった。広島の選手も「すごいストレート」とコメントを出した。

手にしたウインニングボールは両親にプレゼントするという。「いままで両親のおかげでここまできたので」という吉田輝星投手は、プロ野球選手、勝負師の階段を登りはじめたナイスガイから、はじめて18歳の青年の顔となった。まっすぐに育った子、まっすぐに育てた親。

悲惨な事件が多い中、吉田家の教育環境はまさに範たるものとして光をあてたいところだ。ましてや、秋田県では先週末悲しい無理心中も起きた。その暗いニュースを払拭する吉田輝星投手さわやか旋風。これからも高速・伸びるスピンがかかったストレートでさわやか旋風を。いいぞ!輝星!けっぱれ!!

防犯コンサルタント 岡部逸雄




国柄、人柄、チーム柄 広島カープセ・リーグ制覇から

広島カープセ・リーグ制覇。感動の秘話がいくつも紹介されている。

黒田選手。ドラフト二位で入団、その後メジャーに挑戦するも古巣カープに。

新井選手。ドラフト6位で入団、その後阪神で大活躍するも古巣カープに。

この二選手は外にでたからこそ広島の魅力を感じた。

川越市内にも、川越で生まれ育ち、学んで、社会人時代は都内を活動拠点とし、定年とともにまたふるさとに戻り「あらためて、川越の魅力を感じる」という人がたくさんいる。

外からみるという客観的な思考は見る目を醸成するのだろう。

黒田、新井両選手を追い続けたスポーツジャーナリスト・二宮清純氏が「カープのチーム柄がいいいのです」と話していた。「国には国柄があり、人には人柄があり、チームにはチーム柄があるんですよ」と。

あの人は「人柄」がいいよね。というのは本当に言われたい形容詞。

ドラフトにかけられることも大変素晴らしいことであるが、ドラフト二位といえばスター選手ではなく、スターになる可能性のある選手。生え抜き。今回の広島カープは生え抜きでしかも、意識の高い選手が大勢いて、チーム柄がよいということだろう。

仕事をするということはその道の専門を極め続けるということ。どんな仕事にもゴールはない。常のチェックし、自分の専門分野を極め続けるということは企業柄、会社柄をよくすることでもある。地方議員の質の劣化がとまらない。議会柄も高めてほしいとも思う。




25年ぶり優勝 広島カープと川越

プロ野球、セントラルリーグで25年ぶり7度目の優勝を決めた。

25年前は山本浩二監督のもと、その前は79年、80年、84年とリーグ優勝、日本一、常勝赤ヘル軍団、広島カープ。当時に監督は古葉竹織氏。「耐えて勝つ」を旗印に智将として知られた人。

古葉氏は、現在東京国際大学野球部名誉監督。2008年、東京新大学野球連盟春季リーグで優勝に導いた監督でもある。かつて、広島カープには津田恒美という炎のストッパーという異名をとる名投手がいた。津田投手は脳腫瘍を発症し、32歳という若さで亡くなってしまった。津田投手の愛息大毅君は当時3歳か4歳。父の面影を追い野球の道へ。古葉氏を慕って東京国際大学野球部に入部。プロ野球選手になることはなかったが、今回のカープ旋風の中ではメデイアに取り上げられ、父恒美氏のメモリアル記念館を運営する旨を恒美氏を彷彿させる顔だちで、語っていた。

小江戸川越に存在する「東京国際大学」にこんなドラマがあり、広島カープとの縁を考えながら、野球ファンの一人として、広島に広がる笑顔の渦をほほえましく感じた。