初の埼玉ブロック大会を主管 西入間青年会議所 

20歳から40歳までの青年経済人の組織する世界的な団体。1951年に全国組織の日本青年会議所ができ現在では697の青年会議所が全国で組織されている。埼玉県内には30の青年会議所があり400名の会員が活動を広げている。 ビルゲイツ、ジョンFケネデイ、ロナルドレーガンも出身者であり、麻生太郎元総理も日本青年会議所の会頭をつとめたことは有名だ。 期限が40歳までと限定されており、「燃える何か」を各会員がもっていることは確かだ。 今回はその埼玉地区内の会議所が一同に会し、メインフォーラム、セミナーなどが開催された。主催公益社団法人日本青年会議所関東地区埼玉ブロック協議会 上林浩太郎第49代会長) 埼玉の魅力満載の埼玉フェスタ・たまフェス2016・「つなげる力・つながりから生まれる愛郷心あふれる埼玉」とネーミングされ、会場となった城西大学のキャンパスにはBIグルメグランドチャンピオン大会も、多くの市民と青年会議所メンバーが交流できる素敵な一日となった。 第6代埼玉ブロック協議会会長の高橋福八氏を先頭に歴代ブロック会長もずらり。第12代が元県議の武並万吉氏(本庄市選出)、第33代が中野英幸県議(川越市選出)第34代が田中良生衆議院議員(蕨戸田など埼玉15区選出)第44代が内田達浩坂戸市議会議員、来賓の山口泰明衆議院議員(坂戸市など埼玉10区選出)石川清坂戸市長など経済界だけではなく、埼玉政界でJC出身者が網の目のように活躍していることもわかる。 主管の公益社団法人西入間青年会議所 笠間曹一郎理事長(写真)は「35年の歴史の中で初めての経験。かつてシルクロードは人間、文化、の交流から文明を発展させた。この西入間地区は交通の要衝。関越道から圏央道が伸び、東名、中央、東北の三つの高速道と直結している。かつてのシルクロードのように各地のさまざまな文化を効果的に交流、発信できる可能性の高い地域。この大会を通して人と人、地域と地域の交流を積極的に生み出し、「人と地域、ふるさと埼玉」を誇りに思う埼玉を「つなげる力」で創ることができれば」と語った。 笠間理事長も親子二代にわたっての理事長。西入間青年会議所内では親子二代にわたっての理事長は市川大元理事長に続いて二人目。県内でも二世の理事長が続々と誕生している。歴史のつながりを感じる時代になった。「意義」「目的」「自分の立ち位置」など40歳までだからこそ「考える」ことのできる青年会議所活動。少子高齢化社会に負けず前へ進んでほしいと思う。




提案型議員に 内田達浩議員(坂戸市) 

坂戸市はこの春市議会が改選となった。二期目の当選を果たした内田達浩議員。国際ロータリー第2570地区坂戸さつきロータリークラブで卓話講師を務めた。青年会議所(JC)出身の内田議員。選挙は初戦、今回と苦戦だったと振り返る。職業はガス工事、ライフラインの確保という職業柄、専門分野である「防災減災」を中心の卓話。議員の質が問われる今、興味深い卓話をなった。

内田議員卓話

自分の「人となり」。サラリーマンを経て個人事業主に。そして起業した。生業として「防災・減災」「ライフラインに関わる仕事」(ガス工事)に携わって「災害に強いまちづくりをしよう」という志を持つようになった。

「ボランテイア」で青少年健全育成をしてきたので「ボランテイア」には抵抗がなかった。阪神大震災で配管作業をしていた時に被災者の方から関西独特の人懐っこさで優しい言葉をかけられた。そのことはとても印象的であり、今の自分の立ち位置の原点を形成していると思う。中越地震、東日本大震災では仮設住宅の設置など利益を度外視して工事に取り組んだ。

西入間青年会議所では2009年に理事長に就任,2011年埼玉ブロック協議会の会長をつとめた。その時に東日本大震災が起き300t近い物資の輸送、炊き出し、青空市場、往復50回以上現地に赴き支援をした。

市議会では一期四年間16回の定例議会のうち12回、一般質問に登壇。特にインフラが壊滅状態になった時どうやっていくのか?避難所はどうするのか?避難所までの誘導は?備蓄品は?帰宅困難者は?「もしも」の時の課題はたくさんある。

坂戸市を見ると平坦な土地、断層もない、大きな水害もない安全な土地。だからこそ「防災・減災」について60分間、今月の坂戸市議会一般質問で質してみたい。各地ではじまっている初動訓練、「シェイクアウト訓練」を坂戸市は県内で3番目に取り入れていることにもふれてみたい。「防災・減災」は机上の空論であってはならない。また世代別に動画、アプリ、アニメで防災に取り組んでみたい。

今回熊本地震へのボランテイアに出向いた。ボランテイアがあふれている場面に接して、「ボランテイアを生かせる仕組み」を生み出せないかと考えた。熊本でも首長の判断で自治体独自にボランテイアセンターを立ち上げているところもあった。熊本の繁華街は賑わいをみせており、復興への扉は開かれていた。東北出身で、東日本大震災経験者のボランテイア団体の代表の方と議論する機会があった。そのバイタリテイ、使命感、持続性はどこからくるのかを知りたかった。彼は「震災を忘れないということ。四年たっても五年たっても。後世に伝えたい気持ちと後ろ向きにならない、ただ前に進もうという気持ちだけ」と語ってくれた。彼の抜群のフットワーク、減災防災に関する深い知識、現地スタッフを指揮する高いリーダーシップには本当に感銘を受けた。

震災時、屋根瓦の崩壊からブルーシートを張って補修している。現地では「ブルーシート張り工」という職業が存在し、震災時一枚8000円だったものが25000円、80000円と工賃、費用が高騰している。これらをふまえて「どう機動力を生かすか」「行政だけではない、新しい形のシステム構築」など行政に伝え、改革を進めていきたい。

坂戸市には自主防災組織が編成されているが高齢化が進んでいる。若返りを考えていきたい。

坂戸市議会改選後、若い議員が増えた。若い発想、創造力、市民目線に近い気がする。ベテラン、中堅、若い力が合致すると減災の新しい形が生まれるとも思う。議員は「チェック機能を果たすべき」といわれているが、自身としては「提案型」の議員でありたい。受け身だけではなく、行政をチェックしながら、提案し、市民意識の改革を進め、日本一安心安全なマチ・坂戸の仕組み、システム創りをすすめるつもりだ。

まちづくりはゴールのない挑戦。時代に即した理想をもち、現状を打破し、小さな光を大きな収穫へという気持ちで邁進したい。

以上が内田議員の卓話。「議員」。高い志をもって、住民の要望のために走りぬく。その原点を丁寧にまっとうする議員がいることはその地域住民の幸せだ。リーダーの条件、かつてナポレオンは「幸せを配る人」と言ったことを思い出す。

伊勢谷 珠子

 




草の根友好の見本 西入間青年会議所

この度、公益社団法人 西入間青年会議所(笠間曹一郎理事長)と新潟の一般社団法人 雪国青年会議所は、友好青年会議所締結の運びとなった。

青年会議所は40才までの男女がまちづくりのために議論を展開したり、奉仕の輪をひろげる活動を行う団体。
略称JCと呼ばれ、そこでの活動をもとに、政治家への道を目指す人もいる。
大変はきはきと、自分の主張を述べるトレーニングを積める場所でもある。
各地区にLOM(青年会議所)が存在している。日本青年会議所の会頭として有名なのは麻生太郎副総理。ロータリークラブやライオンズ同様、JCという言葉で瞬時に距離が近くなる特性もある。

今回の友好青年会議所締結には歴史もある。
2009年にさかのぼる。当時の西入間JCの内田達浩理事長が取り組んだ事業が「災害に強いまちづくり」。
その年度、新潟中越地震の復興に活躍した新潟ブロック協議会会長、雪国JCの理事長の目黒哲也氏との出会いがあった。

その後、二つのLOMは南魚沼雪国まつり、坂戸よさこいと相互交流を深めた。
奇しくも今年、35周年という区切りを両LOM(青年会議所)が迎えることもあり
お互いが相乗効果を得て、地域の経済、文化、教育の発展に繋げていこうということから友好青年会議所締結の運びとなった。

年齢が40才までという限定がある中、七年という星霜をへて、このような
草の根交流が進化することは、慶事でもある。

自分さえよければいいという利己主義がつい、顔を出してしまいがちな風潮のなかで、
お互いの文化や価値観を高め、意識や感性を広め、多角的な視野を広げていくという姿は、清々しい。

ともに地域が発展していこうという若手経営者の歩みに
日本の未来は明るい!と感じた。
伊勢谷 珠子

 

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