浜田卓二郎氏 本業で活躍

出光創業家と出光興産が昭和シェルとの合併問題で揺れている。

その創業家側の弁護士は浜田卓二郎氏。テレビの画面の姿を見て、「あっ、本業でがんばっていたんだ」と思う人も多いはず。

浜田氏は中選挙区時代、浦和で松永光氏と激戦を繰り広げていた衆議院議員。1998年には参議院選挙に出馬。自民党は関根則之氏、栗原稔氏二名を擁立したが、共倒れとなり、浜田卓二郎氏は当選。その後浜田氏は埼玉県知事選挙(2003年)に出馬。上田きよし氏、嶋津昭氏との戦いで上田氏が知事に初当選。浜田氏は涙をのんだ。(浜田氏が知事選に出馬したことで参議院議員補欠選挙となり、今回トップ当選を果たした関口昌一氏が初当選)。

埼玉県政史の歴史を振り返ると、そんなこともあったと感慨深いが、浜田卓二郎氏、久々とメデイア露出は本業弁護士で。先週都知事選に出馬会見した山口敏夫氏と、対照的と思う人も多いはず。

 




関口氏トップ当選・24万票伸ばす。大野氏、西田氏当選 

18日間の長くて熱い、参議院選挙戦も終わり、埼玉選挙区は自民、公明、民進が議席を獲得した。

前回の2010年の選挙にくらべると、関口氏(自民)は24万票伸ばし、大野氏(民進)は12万近く、西田氏は5万票近く伸ばした。

しかし、前回、民主党は二名の出馬があり、110万票獲得していたが、それを勘案すると疑問が残るが、三年前は山根隆治氏が369000票しか集票できず落選したことから考えると大野氏は健闘した。

事前新聞報道では関口氏のリードと大野氏、西田氏、伊藤氏(共産)三氏の混戦が伝えられていたが、伊藤氏は及ばなかった。

自民党の大勝により、半年後には衆議院解散総選挙が噂されている。川越市は市長選挙が一月末に。同日選挙になるのか、それとも衆議院が先か。川越市にとっては騒がしい2016年から2017年の冬になりそうだ。そんな冬を想定すると「アリとキリギリス」を思い出し、「夏を制するものが受験を制する」という受験時代をも思い出す。ふるさとを託す首長、衆議院議員の動きに注目だ。




あの山口敏夫?ですか? 都知事選

一昨日
「あの山口敏夫さんが都知事選挙に出るって?」と連絡があった。
夜のニュースで
マック赤坂に並ぶ山口敏夫の文字。
政界の牛若丸という異名をとり、埼玉県内で総理の座に一番近いとされた。
華々しい新自由クラブの結党、自民党に復党してからは労働大臣に。その後渡辺美智雄の側近として派閥の事務総長に。
ゴルフ場開発の失敗や、政治とカネの問題で逮捕。

それでも、「この前六本木でみかけた」とか「山口さんが失敗しなければ
埼玉も変わっていた」とか、いまだに名前もあがる。

同姓同名ではないかと、ネット検索。

中選挙区埼玉二区選出、元労働大臣の山口敏夫さんがやはり出馬するようだ。

昨日も数名から「山口敏夫さん!?どうして?」とメール、電話があった。

出馬は自由だが、その他大勢と名前が羅列されてしまうことが
山口敏夫によって政治への扉が開かれた世代、山口敏夫に夢をかけた
東松山、比企郡、飯能、日高、入間郡、所沢、川越、富士見、上福岡
の有権者にとっては哀しい。




介護とは?高知東生の言い訳。

またまたクスリで逮捕だ。高知東生、女優高島礼子の夫。

おしどり夫婦と映っていた二人。高知が芸能界引退の理由を「高島の父の介護」と明らかにしたとき胸にストンとは落ちなかった。おそらく、だれもがそう思っていたに違いない。

「介護」はゴールのないもの。親が衰え、「おいしいお弁当を作っていた母」「仕事でキラキラ輝いていた父」が往年の色を失っていく様は哀しいものだ。「介護難民」という言葉があるように介護する側にも心身ともに厳しい現実が待ち受けているのも事実。

しかし、きちんと手続きをクリアしていくと、ケアマネージャーがよりよき水先案内人になって導いてくれる。どんよりした暗雲をすこしずつすこしずつ取り除いてくれる。

昨日の高島礼子の会見でも「複数のヘルパーが世話をしてくれ」というくだりがあった。

介護は金銭にとらわなければ、「介護難民」になることもなく、それなりの「施設」に入居することは可能だ。高島礼子、ヘルパー主体で介護をしていたこと、「えらいな」と率直に思った。

高知のクスリと「介護」に関連性はないだろう。単に高知の心と頭脳が弱いだけ。

高島礼子、高知を伴侶に選んだことも当時びっくりされた。今回のことどう収束していくのかはわからない。しかし、「お父さん、がんばれるだけ、家で看ていくね。」という気持ちの持ち主の高島だ。乗り越えていくことができるはず。