快挙!川越ゆかりの羽賀龍之介選手 全日本柔道選手権優勝!!

リオ五輪で柔道銅メダルの羽賀龍之介選手が意地をみせた。

川越・岸町の笹田道場で柔道への道、畳を踏んだ羽賀選手。このたび、全日本柔道選手権で一本で決勝を制し、優勝した。

今回 笹田道場出身で東海大を卒業、神奈川県警に進んだ杢康次郎選手は関東チャンピオンとして、全日本選手権に出場一回戦を勝ち抜いた。笹田道場 道場主の笹田裕先生は「龍之介・康次郎ともに仲良く、今日は感無量。ダブルの喜び。二人で柔道のよさを広めてほしい」と破顔一笑。

昨年12月に行われた笹田裕先生の七段昇段祝いでは羽賀選手はインフルエンザ罹患のため、欠席だったものの、親交の厚い、父上善夫氏がお祝いのマイクを握った(当日の写真)。

コロナで沈んだ日々の中、このビッグニュースは川越に、埼玉に明るい光をもたらした。




歴史と伝統と栄光と 笹田裕7段昇段を祝う

このほど笹田道場63周年、笹田延男先生生誕100年、そして笹田裕道場主7段昇段を祝う会が川越・ラボアラクテで開催された。

リオデジャネイロ五輪オリンピア 銅メダリスト羽賀龍之介選手(川越市スポーツ賞受賞 グランドスラム大阪で100キロ級制覇、今後の欧州ツアーの成果で東京2020出場も射程距離に)。笹田道場で幼稚園の時初めて柔道の扉を開き、柔道の基本を小学校3年生まで学んだことから羽賀選手の両親も会場に訪れた。羽賀選手の活躍で、笹田裕道場主はメデイアにもひっぱりだこ。今回、羽賀選手には笹田道場主から「感謝状」も授与された。

会場には笹田道場笹田道場から巣立った現在川越柔道界を牽引する先生方、杢三兄弟をはじめ、技を磨く児童生徒も集まり、年齢層は70年の幅だった。笹田道場の63年の歴史を振り返るスライドショウはお弟子さんたちの手で製作された。その画像は参加者の人々をその時代へタイムスリップさせ、会場内は笑顔の花でいっぱいとなった。

「基本に忠実に原則左組み、きちんと組んで技をかける」の結果、笹田道場からは羽賀選手、杢3兄弟をはじめ、国体出場のべ35名、インターハイ出場のべ17名、の選手を輩出してきた。

「これからも支えてきていだいた選手・保護者の方々、諸先輩方に感謝し、(judo life)を続けていく」と笹田裕道場主、隆子夫人とともに豪快に笑った。

写真は檀上 挨拶する羽賀選手父上(エリート柔道コーチ) 羽賀善夫氏 左が笹田裕氏

 

 

 

 




東京五輪代表選考会 100キロ級 羽賀選手優勝

川越市ゆかり(川越岸町・笹田道場で初めて柔道の畳を踏んだ・川越市スポーツ賞受賞)の羽賀龍之介選手。

羽賀選手は東京五輪代表選考会柔道グランドスラムで24日、100キロ級で見事優勝を果たした。

リオ五輪で銅メダル。ケガなどで不遇の時もあったが、28歳のまさに今がその時。メダルを射程に羽賀選手にはがんばってほしい。




メダリスト羽賀に続け!笹田道場(川越岸町)の選手大活躍

川越市岸町光武館・笹田道場の今年最後の公式試合が埼玉の東の玄関口、三郷市で20チーム参加で行われた。

笹田道場といえばリオ五輪柔道100キロ級で銅メダルを獲得した羽賀龍之介選手が5歳の時初めて柔道の畳を踏み、柔の心を学んだ思い出深い場所。(道場主笹田裕先生の記事は当サイト8月21日号に掲載。)

羽賀選手のメダル獲得は稽古に励む選手たちにも強いカンフル剤となり、今回の公式試合でも笹田先生の檄が飛ぶ中、心・技・体のバランス力でよい結果が生まれた。

第30回三郷市スポーツ少年団近隣少年柔道交流大会

小学生団体戦 (試合編成・先鋒2年生、次鋒3年生、中堅4年生、副将5年生、大将6年生)では見事3対1で優勝。

個人戦 優勝 2年生の部 佐々木二葉さん、6年生の部 末永新大君

3位入賞 3年生の部 船橋蔵乃介君 6年生の部 三田健人君

敢闘賞 5年生の部 崎山せりかさん

笹田道場は今年、団体戦の試合に6回出場した。笹田先生は「今年の締めくくり最後の戦いとなった今大会。子供たちが団体戦の優勝を経験できたことは非常にうれしい。終わりよければすべてよし。羽賀選手の銅メダル、今年は素晴らしい年になった。子供たちには次につながる稽古に励み、さらに高みをめざす選手に育ってほしい」と語った。

 




リオ五輪銅メダリスト・羽賀龍之介選手に川越市スポーツ賞 

日本中に感動の嵐を巻き起こしたリオ五輪。川越光武館笹田道場で初めて柔道の畳にあがった羽賀龍之介選手(100キロ級の銅メダリスト)。羽賀選手に川越市スポーツ賞が10月1日授与された。

羽賀選手は大学のコーチとして日本武道館での学生選手権で指導をしているため、当日は父である羽賀善夫氏と光武館笹田道場 笹田裕館長が市役所に訪れた。

川合市長、小野澤哲也議長、関口勇副議長、江田肇市議、大泉一夫市議、新井喜一市議、川口知子市議、川口啓介市議、山木綾子市議、小林薫市議、桐野忠市議、中原秀文市議、近藤芳宏市議、高橋剛市議、小野澤康弘市議、牛窪多喜男市議(柔道家)がズラリ、羽賀選手の栄誉をたたえた。

川合市長は「幼稚園から小学校3年生まで 市内の笹田道場で柔道を学ばれた。3位銅メダルは輝く羽賀選手の経歴からすると納得のいかないところもあるかもしれない、しかし、3位決定戦での勝利は川越市民にも夢と希望と元気を与えてくれた。今後も日本柔道をさらに発展させるべく活躍してほしい。」と祝意を述べた。

小野澤議長は「ケガを克服しての銅メダル。しかも、2000年のシドニー大会、四大会16年ぶりの快挙。この経験(金メダルではない悔しさ)をバネにさらに上を目指してほしい」とメッセージ。

謝辞を述べた父の善夫さんは「川越は龍之介が柔道着を着てスタートを切った場所。笹田道場では基本を徹底的に練習した。道場では柔道だけではなく多くを学ばせてもらった。秩父へのキャンプもよい思い出。柔道は前後5年と言われている。東京五輪に向けて覚悟をもって自分を追い込んでいくと言っているが、後輩たちの追い上げはかなりと思う」と語った。

その後、笹田道場で柔道着に着替えた善夫さん。笹田道場で稽古に励む子供たちに「オリンピックは独特の雰囲気。君たちも市と県、県と関東、それぞれ緊張感が違うと思う。また、その緊張がない選手は強くなれない。龍之介も準決勝で敗退し、モチベーションが下がったがあきらめない気持ちで3位決定戦に臨んだ。あきらめない!それが強くなる糧ともなる。強くなることに近道はない。コツコツ練習しないと成長はできない。」と檄を飛ばした。

笹田道場への扉をひらいたのは父、善夫さん。善夫さんもソウル五輪をめざしたこともあり、その名は全国にとどろいていた。旭化成入社後も柔道を続け、社宅から、笹田道場へ、息子を車に乗せて通った。笹田先生は「龍之介君、一言で努力のできる子。笹田道場から朝飛道場へ。龍之介君がさらに大きくなった。」と目を細めた。

現在埼玉県の強化選手を5名以上抱える笹田道場。東京五輪へ、その先へ、子供たちの夢は大きくふくらむ。(写真は道場での羽賀善夫さん・写真右・と笹田先生)

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羽賀龍之介選手!(川越笹田道場)いよいよメダル目指してGO!

ブラジル・リオデジャネイロ。日本との時差は13時間。連日の「がんばれニッポン」声援で一億総寝不足の日々だ。競泳、体操、重量上げ、柔道、卓球、ラグビー、カヌー等々。それぞれのアスリートたちが懸命に流す汗は美しい。

川越ゆかりの選手たちの出番もこれから。11日22時からNHKで放映される柔道100キロ級に羽賀龍之介選手(川越笹田道場)が出場だ。羽賀選手の記事には弊社サイト2015年12月8日 2016年4月5日に掲載。

すでに羽賀選手の柔道への道を拓いた川越笹田道場(笹田裕道場主)にはマスコミの取材が。

笹田道場主は「日テレ・スッキリ、TBS・あさチャンの取材クルー対応に追われています。オリンピックブランドの力をあらためて感じています。昇級検定目前で選手たちの指導をしながら、心はリオに。羽賀選手の活躍は道場で学ぶ選手たちのモチベーションをさらに高めています。今夜からはじまる羽賀選手の挑戦に心からの応援よろしくお願いします。」と語った。(タイトル写真も笹田先生提供)

http://raibow-net.saitama.jp