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川越氷川祭の山車行事・今年は我慢 開催は神事のみ 令和2年コロナ対策で。

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コロナ感染拡大防止で、川越まつりも中止となった。

本当に残念だが、まつりといえば 密集密接なのでいたしかたない。

昨年、川越まつりの直前に川越氷川神社の山田宮司の講話を聞く機会があった。(写真)

山田宮司 講話要旨

「まつりはそもそも、恵をいただき神様に感謝する、一方、洪水・大雨・災害などから地域を守るために 祈ることからはじまっている。個人の幸せを祈り 地域の安寧を祈る、めぐみに感謝する、それが まつりの中心だ。農業の中心は稲作。豊穣な土地から作物をいただくということも神様あってだ。稲作はおひさまがふりそそぎ、水がうるおい、風が吹き、稲が実る。これらは人間の力を超えたところにある。自分の力だけではなく、自然からもたらされたもの、ということを昔の人は知っていた。氷川祭の山車行事 氷川神社創建された日を再現するおまつりで、9月15日から10月15日がその神事の期間であり、9月15日というのは、関ヶ原で徳川方が勝った日でもある。神幸祭は 川越まつりの起源で、山車が神様のうしろをしずしずと練りあるく。氷川の神様が馬に乗り、神様がお力をふりまく、ということだ。新たな技術、科学の発達、携帯電話もガラケーからスマホへ。その時代においつくことで安心を果たして得られるのだろうか。実は何年たっても変わらないものを持つことも大切なのだ。縦の糸は歴史、横の糸は生きている今のまち、その交差するものがまつりであり、この縦の糸と横の糸が布となって川越を守っている。個を超えた、公の祈りに川越まつりの真髄もある」

山田宮司のはなしは、農耕民族である日本人のよきDNAや、忘れがちになる日本人の精神を語っていた。

コロナ、コロナで日々、鬱うつとしてしまいがちだが、忘れていたモノに「気」がつくという日常もニューノーマルには必要かもしれない。

 

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