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「天の園」「大地の園」を朝ドラに。

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打木村治1904年生まれ。三歳の時に母親の実家である現在の東松山市唐子、唐子村に移住。当時の川越中学(県立川越高校)から早稲田大学政治経済学部、そして大蔵省へ。川端康成氏の知遇を得て作家をめざす。1933年29歳の時に大蔵省を退職、作家活動へ。

 

1972年の「天の園」1978年の「大地の園」は各賞を受賞。1963年以来飯能に居住。2005年村治生誕100年にあたりアニメ「雲の学校」が制作上映。2012年からはNHK朝ドラへのチャレンジ活動もスタートした。

「天の園」「大地の園」の舞台となった唐子地区のある東松山、30年近く居住し終の棲家となった飯能、出身校の川越高校卒業生の有志が、その活動を支えている。「NHK朝ドラ化をすすめる会」の活動は東松山市のまちづくりサポート事業にも認定されている。最終年度、助成事業のしめくくりとしてこのたび「ふるさとからの宝、『天の園』『大地の園』からのメッセージ」と題しイベントを開催した。

トークショーでは飯能の文学仲間で打木村治の最期をみとった桑山和子氏をはじめ村治ゆかりの人々が村治の人柄、作品の魅力を語った。

以前東松山のスリーデーマーチに参加したとき、唐子地区に村治関連の看板などが点在し、打木村治がまちを挙げて大切にされていると感じた。今回のイベントでも唐子小の児童による「天の園」学習成果が発表された。一人の少年の目を通して描かれる埼玉の風土と少年の魂の成長。比企丘陵の美しい自然と時代を超えて大切にしたい子どもの成長。これからも村治ワールドを全国に発信していくことは埼玉県民としての使命かもしれない。

 

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